東京高等裁判所 昭和39年(ネ)1947号 判決
一、控訴人が被控訴人を相手どり新潟地方裁判所長岡支部に対し原判決添付の別紙目録記載の不動産につき所有権移転登記抹消登記手続請求の訴(同支部昭和三四年(ワ)第一〇九号、以下これを別訴と略称する)を提起したが、昭和三五年四月一一日請求棄却の判決を言渡されて控訴人が敗訴したこと、控訴人はこれを不服として東京高等裁判所に控訴を申立てたが昭和三六年一一月一四日その控訴を取下げたので、被控訴人勝訴の判決が確定したことは、いずれも当事者間に争がない。
二、いずれも成立に争のない甲第二号証の一ないし五によれば別訴における控訴人の請求原因は『別訴原告(本件控訴人)は株式会社酒井商店振出名義の額面合計金二五万円の小切手金債権を有するものであるが、株式会社酒井商店は仮装の会社であつて、実体は酒井寿一の個人営業であるから、酒井寿一が右小切手金債務の債務者であるところ、同人は別訴被告山岸昇(本件被控訴人)と通謀の上、原判決添付の別紙目録記載の不動産につき売買を仮装して別訴被告山岸昇名義に所有権移転登記手続をしたので、別訴原告は酒井寿一に対する債権保全のため、酒井寿一に代位して右の登記の抹消登記手続を求める』と謂うのであり、予備的主張として『仮に株式会社酒井商店が仮装の会社でないとしても、同会社の代表取締役たる酒井寿一は職務を行うに付会社の資金を個人の用に流用する等悪意又は重大な過失があつて金七〇〇万円に近い欠損を生ぜしめたから、酒井寿一は商法第二六六条の三により直接別訴原告に対し責任を負うべきであり、仮に然らずとするも株式会社酒井商店に対し損害賠償義務があるから、別訴原告は酒井寿一に代位し、ないしは右会社の代位権を更に代位行使して別訴被告山岸昇の前記所有権取得登記の抹消登記手続を求める』と謂うにあつたが、新潟地方裁判所長岡支部は、株式会社酒井商店が実在することが明らかであり、予備的主張はこれを認むべき証拠がないと判断し、別訴原告の請求は既にこの点において理由がないとして別訴原告敗訴の判決を言渡したものである。
而して右確定判決の説示する理由を見ると、株式会社酒井商店は設立登記のなされていることは勿論、株金の払込みもなされており、且社会的に活動していたのであるから、法律上存在するものと認むべきであることは極めて明白であり、商法第二六六条及び第二六六条の三に関する主張については、これを認むべき証拠らしい証拠がないということに帰するから、別訴原告において少しく注意すれば、その請求の理由ないことを容易に気付いたものと察せられる。されば控訴人(別訴原告)は少くとも重大な過失により被控訴人(別訴被告)に対し謂われのない訴訟を提起したものと謂うべきであるから、これにより被控訴人に加えた損害を賠償すべき義務があるものと謂わねばならない。
三、前記甲第二号証の一及び原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は控訴人の提起した別訴に応訴すべく、第一、二審において訴訟代理人として弁護士盛川康を選任して訴訟遂行に当らしめ、その第一審において手数料及び成功謝金として夫々訴訟物の価格たる金六五万円の一割に当る金六万五〇〇〇円、第二審においても手数料及び成功謝金として夫々右同額、以上合計金二六万円を支払つたことが認められ、いずれも成立に争いない甲第四号証の一、二、甲第五号証、甲第六号証によれば右の金額は、盛川弁護士の所属する東京弁護士会の報酬規定及び控訴人の居住する地区の新潟県弁護士会の報酬規定において夫々定められている手数料及び成功謝金の標準額中、中以下の金額であることが判り、従つて訴訟遂行のため弁護士を依頼した場合は通常前記金額程度の費用を要するものと判断される。
而して我が国の民事訴訟法においては弁護士による代理を強制してはいないけれども、訴訟において攻撃防禦の方法を尽し、自己の利益を充分擁護するには、弁護士に委任するのでなければ極めて困難なことが多く、実際においても訴訟当事者が殆んど全部弁護士を代理人として依頼していることは職務上顕著な事実であるから、不法の訴に応訴するため弁護士を依頼し、通常の金額と認められる手数料、成功謝金を支払つた場合は、右の弁護士費用は相手方の不法訴訟によつて蒙つた通常の損害と謂うべきである。されば控訴人はその不法な別訴により被控訴人に加えた損害として前記金二六万円を賠償すべき義務あるものと言わねばならない。
(岸上 室伏 斉藤)